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ブラック企業からの転職

前職がブラック企業で働いていました。IT系の独立系企業の会社でしたが、基本的に派遣先でお仕事をします。ですが派遣先ではひどく居心地の悪い所ばかりで、ろくに休憩時間も取れませんでした。

急がないと納期に間に合わず、人手も足りないからです。また一つのミスで何度も怒鳴られることもよくありました。こんな現状から嫌になった次第です。他にも、給与システムで昇給がほぼ存在せず、一生この給料でやっていくと考えたらやってられませんでした。賞与も千円前後です。結構名の知れた会社らしいですが、ネームバリューは現場と並行しないということを学ばせて頂きました。

実際に転職に対して動いたのは21歳の時で性別は男です。高卒でIT系の会社に入社し、三年程働きましたがようやく動いた感じです。石の上にも三年という言葉があるので、三年働いたら転職しようと決意していました。

転職サイトや転職エージェントは、リクナビNEXTとマイナビエージェントを利用しました。どちらも学生時代に利用していたので、とても信頼のある会社だと分かっていたからです。また当時は他のサイトを探す余裕もなく、急いで他を探したい気持ちもあったのでこの二つに決めました。

転職してよかったことは、毎日が楽しくなりました。サービス業に転職したのですが、同僚とのコミュニケーションも充実しています。また昇給もあり、将来的な給料は結婚しても食べていくのに困りません。

前職では一人黙々と仕事をし深夜遅くまで作業して、ただ寝るだけに家に帰るだけの生活でしたが、現在は有給休暇や夏季冬季の特別休暇など、休みが沢山あるのでプライベートも充実しています。

正直もっと早く転職すればよかったと思う気持ちです。後は女性が多い職場なので恋愛事も充実しています。この職場で知り合って現在お付き合いしている恋人がいまして、まだ結婚は考えていませんが日々楽しく生活しています。生まれて初めての恋人なので、とても幸せな気持ちです。

転職活動で辛いと思ったことは、次の職場がもっと辛い所になるのではないかという不安が一番でした。求人票を見て、この通りの本当の職場なのか、果たして残業代はきちんと出るのか、サービス残業はないかなど、前職はひどい所でしたがもっとひどい所も多いと聞くので、こういう風に考えただけで応募先に応募しようか三日悩んだこともありました。職歴が多くなってしまうと次の転職が不利になることは、誰でも予想が付くと思うので慎重にならざる負えませんでした。

また仕事をしながら転職活動をすることはとても疲れます。前職では週に一度しか休みがないので、体を休めるのと転職活動を同時にしなければなりませんでした。

いくら若いといっても心も体もストレスと疲労で辛かったです。普段の仕事の日では、疲れて寝るだけしか考えられませんので仕方ありませんでした。次の転職先を決めるまで辞めるわけにはいかないと、心を固くして転職活動をしていました。他に辛かったことは、面接時での前職を辞める理由を問われた時です。

なぜならマイナスイメージを払拭する理由を答えなければならないこと、そして自分が落ちこぼれのように感じることが辛かったです。マイナスイメージを払拭する理由では、前職を悪く言わずに自分自身がどこを目指したいか、なぜここの職場を選んだかを深く理由づけて答えることで解決しましたが、問題は自分が転職という行為を行っている、間違いを犯したステージに立たされていることを深く自覚する瞬間です。

これは実際に転職した人にしか分からないと思うのですが、いうなれば自分自身が新卒で入社し、会社で失敗した落ちこぼれのように感じます。

この気持ちを察して、面接時には「君はふるいにかけられたんだ」と言われる会社もありました。正直とても辛いです。現場がひどい会社でも、若者の我慢が足りんだけだろうと考える面接官も少なくありません。こっちはひどい職場で三年耐えたんだぞという気持ちを握りしめながら、退職理由を質問された時はできる限りの笑顔で答えるようにしました。

転職活動にかけた費用は、スーツや靴、そしてカバン等のビジネスグッズが約3万円ほど。そして一番かかったのが交通費で、これが30万以上だと思います。

転職期間に関しては、およそ一年程費やしました。資格も特にない私は希望の求人にははねられるケースがほとんどで、逆にいつも掲載している求人はあまり手を付けられないことから、今の職場に巡り合うまでに一年程かかりました。正直転職も縁だと思います。

始めはすぐに転職したくてすぐに応募していましたが、そういう気持ちは応募先からも見抜かれるのかすぐに不採用の通知がきました。ですが心を冷静にして、真剣に応募先の職場を見つめながら活動した所、今の職場に来れました。自分自身の成長と、求人のタイミング、つまり縁だと思います。

最後に、これから転職活動をする方にアドバイスがあるとすれば、まず転職では自分は落ちこぼれではないという強い意志を持ってほしいと思います。面接時にもひどい質問が来ますがそこは人事側の策略です。こちらは新しい人生を始めたいなど明るい気持ちを答えること、これを試されています。ただし何度も転職歴があると通用しませんので注意してください。

次に転職理由です。なぜ転職したいのか、もう一度自分の職場を見つめ直してください。私の場合は仕事内容と職場環境、給与システム、福利厚生など、全てが嫌でしたので転職先では良くなりましたが、今の職場より辛い転職先も多いと思いますよ。そういう所に転職してしまって転職歴が多くなってしまう、そうすると再就職できずに路頭に迷いますので注意してください。一番は人間関係で辞めるという事だけはしないでほしいと思います。

なぜならどこの職場でも人間関係は良くないからです。必ず自分とは合わない人がいると思います。会社は多くの人間の塊のようなものですからどこに行ったって基本的に同じです。

私のように仕事自体が嫌な方、他の仕事をどうしてもしたい方であれば、強く転職をお勧めします。転職は諸刃の剣です。失敗すれば人生がさらに悪くなりますし、成功すれば大逆転とも言えます。本当に本当に悩んで、苦しんで、自分なりの社会人ライフを歩んでほしいと思います。

病院でお世話になりました!本音の体験談

ランニング中に膝を痛めて病院へ

先日早朝ランニングをしていたら膝を痛めてしまいました。 ダイエット目的で一週間前から始めたランニングですが、ちょっと頑張りすぎたのがいけなかったようです。 次の日も痛みがひかないので、近所の病院に診てもらってきました。 その病院で診てもらうのは初めてでした。先生とか大丈夫かなと心配でしたが、男の先生が優しい感じでした。病院自体の雰囲気も良かったです。 診療の結果は関節痛との事でした。自分が思ってた通り、運動不足の状態から急に膝へ負担をかけたのがいけないと先生がおっしゃっておりました。 湿布を一週間出しておきますから来週また来てくださいと言われ診療は終わりです。受付で1300円払って湿布を受け取り家に帰りました。 やっぱり人間慣れない事を急にやるといけないみたいです。当分ランニングはやめておくようにと先生に言われたのでダイエットは一時休止にしておきます。 でも治ったらもう一回ダイエット頑張ろうと思ってまーす。

ふくらはぎの肉離れを起こしてしまいました

仕事でダンスを教えているのですが、古傷に疲れがたまっていたのか、軽くジャンプして着地した時に、左のふくらはぎに激痛が走りました。肉離れだと予想はついたので、とりあえず移動前にテーピングをして、仕事場の近くではなく、なんとか家の近くにあるいきつけの整形外科まで行くことに。 病院についた時点でかなり歩いてしまっていたので、激痛はさらにひどいことになっていましたが、診断はやはり肉離れ。基本的には自然治癒をまつしかありませんが、アイシングとリハビリはすぐ2日後から始めるとのことで、病院通いが始まりました。 スポーツ選手も多く通う信頼できる病院なのですが、リハビリのきつさは相当なものでした。痛みがあっても固まらないようにしっかりリハビリで動かすこと、同じ力のかけ方をしている限りまた同じケガをしてしまうことになるので、そうならないためにも筋トレのリハビリをすること、を実践。正直根をあげそうになりました。 が、リハビリの甲斐あってか、完治あとは足の状態がケガをする前よりもよくなりました。

気づいてもらえませんでした

朝、遅刻寸前でばたばた準備していた時にバッグの持ち手に 足をひっかけて派手に転んでしまいました。 とっさに手を出したのですが、何故か手のひらではなく小指 一本で着地。 全体重が小指にかかって「グギッ」という嫌な感触が。 でもとにかく時間がなかったのでそのまま出勤しました。 仕事中も痛みは治まらず、何とか定時まで頑張って整形外科 に。 診てもらったのは40代くらいの物腰柔らかな先生で、状況を 説明するとすぐレントゲンを撮ってくれました。 写真を見ながら下された診断は「打撲」。 湿布をしてあまり動かさないようにし、一週間後にもう一度 来るよう言われました。 それまで経験したことのない痛みでしたが、先生が言うから 間違いないだろうと思っていました。 でも痛みも腫れも引かず、一週間後にもう一度レントゲンを 撮影。 そして先生は一言、「ヒビ、入ってますね」とおっしゃいました。 ヒビだったので治療方針は変わらず、湿布で固定していると 徐々に痛みが治まり、まあ治ったのですが、レントゲン2回分 の費用もかかったし、それ以来その整形外科には行っていま せん。

手の怪我なのに自力で運転

娘がまだ一歳位だった頃、我が家は主人の転勤で 群馬県に移りすんでいました。 実家から離れ初めての子育て。なのに頼りにしていた 主人は仕事で毎日夜が遅いだけでなく毎週出張で 家を空けることが多い環境でした。 夕飯をつくり終わり、使った油の鍋に蓋をしようと した瞬間、勢いあまってなぜか蓋が油の中にまで 入ってしまい蓋を持っていた手まで油の中へ入ってしまったのです。 揚げたての油に手をつけてしまったのですから 右手すべてがやけど状態に。 あわてて引き揚げ水道水で冷やしたのはいいけれど 冷やすのをやめると痛みが襲ってきてそこから動けなく なってしまいました。 主人に助けを求めましたが出張中ですぐに帰ってくる事は できません。 引っ越してきたばかりでこんな時助けてくれるような 友人もいません。 意を決した私は氷を握りしめ子供を連れて近くの病院へ。 氷は握っていても冷やせるのは握っている側だけで 手のひら全部を火傷している私は痛みに顔をしかめながら 母親の異変を察知して泣きまくる子供を落ち着かせる 事もできず結構ひどい状態で病院についたように思います。 看護婦さんが子供の面倒をみてくださり、先生もすぐ薬を 縫って処置してくださったので本当に助かりました。 手のひら全体の火傷でしたが、先生の処置がよかったのか 痕も残ることはありませんでした。 嫌な顔一つせず泣いている子供の面倒をみてくれた看護婦さん にも感謝しています。

看護師希望だったのに後悔

"もし、今、時間が巻き戻せるのなら、高校生時分まで戻って、看護師になるべく受験なり勉強なりを頑張りたいです。
元々は看護師希望でした。
母も、そして親戚にも看護師が多い私は、小さい時から看護師になるのが夢で、その夢は幼稚園の頃から高校2年まではぶれずに持っていたものでした。
しかし、実際に進路を決める段階になって、急に、看護師になる自分に迷いが生じ、結局、私は看護学校への進学ではなく、普通の大学への進学を決めてしまいました。
就職難にも関わらず就職も果たし、社会人となってそれなりに満足した生活を送って来れましたが、結婚し母になった今になって思うのは、あの時看護師になっていたら、今の自分がどう生きていたのかという事です。
子供が小さいため、働くにしてもかなりの制限があります。
これが看護師であれば、自分の条件に見合った職場を探す事も安易でしたでしょうし、何より資格を持つ強みみたいなものをもっと感じられていたと思います。
働き口のない私に対し、今でも現役で働いている母を思うと、改めて、生き方の差を感じ、看護師になっていればよかったと思います。



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